IP160314TAN000017000_0001_C







 3月11日14時46分。平沢大河内野手は一塁側ベンチ前で帽子を取り、目を閉じていた。1分間続いた黙とうが終わった。5年前のあの日。決して忘れてはいけない出来事を胸に刻み、またボールを追いかけた。

 「復興はまだまだだと思います。被災地の方など今、つらい思いをされている方に少しでも『また頑張ろう』と思えるような、なにかの力になりたいと思う」

 鉛色の雲が覆う空を仰ぎ、平沢はあらためて心に誓った。当時、13歳だった平沢は実家で大きな揺れに襲われた。高台にあったこともあり津波の被害はなかったが、電気、ガスが止まった。時間の経過とともに被害の大きさが伝わるようになった。小学校時代に野球をした思い出のグラウンドは津波に飲み込まれ、跡形もなくなった。当時、所属していた中学野球チームの仲間たちも被害に遭っていた。自宅が浸水して野球用具が使えなくなった選手や、家が流された選手たちがいた。練習グラウンドに隣接して仮設住宅が立った。チームは消滅の危機となった。保護者たちは約1カ月、話し合いを続けた。野球をやっている場合なのかという意見も出た中、自宅を流された家庭の保護者が頭を下げた。「子供たちには野球を続けさせてあげてほしい」。心からの願いだった。その一言で決まった。チームは消滅の危機を乗り越え、平沢も野球を続けることができた。









2000: 管理人ひとこと 2016/03/17(木) 08:06:06.26 13.net
自分は関西の人間やから5年前の震災の被害は全く受けなかったけど
テレビで見た映像だけですごい恐怖を感じた…
流れてたあの悲惨の状況の中でも負けずに野球を続けてきたんだと思うと
平沢本人ふくめ父兄や周り方々は本当にすごいな

残念ながら2軍に落ちてしまったけど、しっかり鍛えなおして
将来は夢や希望を与えるスーパースターになってほしい




ロッテマリーンズの実況掲示板です!
宜しければお使い下さい!