まとめロッテ!

    マリーンズニュース


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    1: それでも動く名無し 2024/04/20(土) 07:37:11.51 ID:B1/8lDcn0
    日本高野連は19日、今夏に行われる第106回全国高校野球選手権大会の運営委員会を大阪市内で開き、暑さ対策として、一部の日程で試合を午前と夕方に分ける「2部制」を導入することを決めた。
    大会第1日から第3日の試合数を1日3試合として実施する。暑さがピークとなる時間帯を避けるのが目的。

    第1日は、午前8時半からの開会式後、10時から第1試合を行い、午後4時から第2試合、6時半から第3試合を行う。
    第2、3日の第1試合は午前8時、第2試合が10時35分、第3試合が午後5時の開始。
    第1日の第1試合は午後1時半、第2、3日の第2試合は2時半で終了していない場合は、
    原則として試合を中断して「継続試合」とし、翌日以降に中断時点からの試合の続きを行う。

    準決勝の第1試合は昨年より1時間早い午前8時、決勝は4時間早い午前10時の開始。

    夏の甲子園、朝・夕2部制を一部導入 猛暑対策で


    【甲子園、2部制導入へ!朝8時から2試合、午後5時から1試合】の続きを読む


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    1: それでも動く名無し 2024/04/01(月) 10:26:10.46 ID:BwH7US+00USO
    うち1本はランニングホームランの模様

    【春の甲子園、ホームランたった3本…】の続きを読む

    1: それでも動く名無し 2024/03/15(金) 14:06:55.83 ID:drN9XeWo0
    大谷サンで騒いでるのになぜ…

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    【画像 高校野球の部員数、とんでもないペースで減少してることが判明…】の続きを読む


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    1: それでも動く名無し 2024/02/21(水) 13:30:51.78 ID:jxzckIR70
    清宮は7球団やったが

    【佐々木麟太郎がプロ志望届出してたら何球団競合したんや?】の続きを読む

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    1: 尺アジ ★ 2024/02/02(金) 22:27:36.54 ID:Lje63l5q9
     ロッテ・佐々木朗希投手(22)の弟である大船渡の佐々木怜希投手(3年)が2日、東京・八王子市内で進学先となる東都大学野球リーグの名門・中大の練習に合流した。

     兄から贈られた黒い投手用グラブを携え、1日に入寮。高校最後の夏も一緒に戦った、大事な“相棒”だ。兄と同じく大船渡で背番号「1」を背負い、身長178センチで最速は143キロ。内野手としても非凡な才能を持つが「大学でやると決めた時は、投手しかやりたくないと思ったんで」と投手1本で勝負する決意だ。

    ※続きは以下ソースをご確認下さい

    2024年2月2日 11時19分
    スポーツ報知



    【佐々木朗希の弟・怜希が中大の練習に合流、大船渡の最速143キロ右腕は投手1本で勝負】の続きを読む

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    114: 名無しさん@おーぷん 24/01/18(木) 21:01:17 ID:sK.vq.L30
    宗山の完成形は?

    【2024年ドラフト1位候補、宗山塁が藤岡裕大という風潮】の続きを読む

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    1: 征夷大将軍 ★ 2024/01/11(木) 16:56:45.71 ID:5H0lmxzv9
    スポニチ2024年1月11日 07:15


    昨年12月17日、ロッテ・吉井理人監督が地元の和歌山県有田市で開催したトークショーを取材した。これまで出張で全国各地に足を運んできたが、実は和歌山を訪れるのは人生で初めて。有名なみかんの産地だけに、勝手に暖かいと思い込んでいたが、当日は予想外に寒かった。

    ただ、トークショーの会場は、郷里が生んだヒーローを温かく迎える地元の人たちや、遠方から駆けつけたファンの熱気にあふれていた。吉井監督もリラックスした様子で普段以上に冗舌だったように感じた。少年時代を知る友人や知人も来場していたためか、少し照れくさそうではあったが、少年時代、箕島高からプロ入り、そしてメジャー移籍、さらに指導者としての道を歩む現在まで、笑いを交えながら語った。

    米国では開幕直前に戦力外通告を受ける想定外の出来事も経験。「アメリカに行ってから人生観が変わった。異国での生活するってことは本当に人を大きくするなと思った」と話す指揮官の原点は箕島高時代の恩師である故尾藤公監督の教え。「何せい、あれせい、これせいと指示されなかったので、何でも自分で問題を解決していかなくちゃいけなかった。コーチになって気付いたんですけど、あのころの指導が今に生きているんだと思います」と振り返った。

    トークショー前にはその箕島高を「何年ぶりか分からないぐらい久しぶり」に訪問。吉井監督が心を痛めたのは3年生が引退し、現在の野球部員が12人しかいないという母校の窮状だった。箕島といえば、春夏合わせて17度、甲子園に出場し、春3回、夏1回優勝、1979年には公立校として唯一の春夏連覇を果たしている。当時、福島県で中学生だった自分でさえ、その名前を知っていた全国屈指の強豪校だ。13年夏を最後に甲子園から遠ざかっているとはいえ、そこまで部員が減っているとは想像していなかった。現在はOB会などが協力しながら部員集めに尽力している。吉井監督は「野球人口が減っているし、子供そのものの数も減っているから」と現状を憂い「何とかOB会に頑張ってもらって…」と母校野球部の“復活”を願った。

    昨年は侍ジャパンの投手コーチとしてWBC優勝に貢献し、ロッテの監督としてもチームを前年5位から2位に躍進させた。「幕張の奇跡」と呼ばれるCSファーストステージ最終戦に代表されるような劇的な勝ち方も多いのが、吉井ロッテの特徴でもある。吉井監督は常々「主役は選手」と言っているが、今年もどんどん勝っていけば、指揮官の母校にも再びスポットが当たるかもしれない。それが部員増の一助になったら…。紀州路の列車に揺られながら、そんな思いが頭をよぎった。(ロッテ担当・大内 辰祐)

    【ロッテ吉井監督も心痛める母校の窮状…公立校唯一の春夏連覇の箕島野球部員はわずか12人】の続きを読む

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